ハリイ・ハリスンの「テクニカラー・タイムマシン」は、潰れかけの映画会社が起死回生のプロジェクトとして、タイムマシンを使って11世紀に行き、ヴァイキングによるアメリカ発見のスペクタクル映画を制作するという、能天気といえば能天気なSFです。
今さらですが、「テクニカラー」をこの記事のために調べてみました。「テクニカラー」も何世代かありますが、一般的に言う「テクニカラー」はアメリカのテクニカラー社が1932年に開発したカラー(総天然色)映画の制作技術です。
その原理はなんと!まずカメラのレンズを通ってきた映像をプリズムとフィルターを通して赤・緑・青の3原色に分解して、各色をそれぞれのモノクロフィルムに記録します。その3本のネガにマゼンタ・シアン・イエローの染料をのせ、それを一本の上映用フィルムに重ねて「印刷」(ダイ・トランスファー)するという技術だったのですね。ダイ・トランスファーも、像がずれないように重ねてプリントする精度を出す、色調の管理する、など、大変な技術ですね。いや、知りませんでした。
ちなみに1本のフィルムに3原色の乳剤を3層に重ねる、現在のカラーフィルム(ポジフィルム)の技術はイーストマン・コダック社で20年がかりで開発され、1935年にリリースされました。
映画といえばテクニカラー、というイメージがあった(だからこそ「テクニカラー・タイムマシン」と題名に使われた)のですが、実際には1950年以降はカラーフィルム1本に撮影するイーストマンカラーに押されていったようです。上映用フィルムのプリントには「ダイ・トランスファー」技術が1970年代後半まで使われていました。
「テクニカラー・タイムマシン」は1967年の作品ですから、「テクニカラー」(原題ではTechnicolorに® がついています)は象徴的な意味合いが濃かったのかもしれません。
さて、私が「テクニカラー・タイムマシン」で強く印象に残っているのはどういうわけか、映画の脚本家が「IBMの電動タイプライターでないと仕事をしない」と言うくだりです。結局彼はタイムマシンで電気のない古生代にカン詰にされて(手動のタイプライターで)脚本を書くはめになるのですが...
私がIBMの電動タイプライターに触れたのは、大学で指導をしていただいた教授の部屋ででした(タイプライターは教授専用ではなく学生も使ってよかったのですが、大事にされていたのです)。なるべく教授がいないときに使わさせてもらいました。ゴルフボールのような印字ヘッドがくるくる回転して印字するのも面白かったですが、何と言ってもキータッチが良かった!
キーが指に吸い付いてくるようで、キーを押下して軽すぎず重すぎず、印字する時は印字ヘッドが打刻する音と反動があって、タイプライターを使う快感がありました。「テクニカラー・タイムマシン」の脚本家が「IBMの電動タイプライターでないと仕事をしない」言うのもごもっとも、と思いました。
ちなみに、円城塔の本「これはペンです」におさめられた2編の中編「これはペンです」「良い夜を持っている」のいずれにも、IBMの電動タイプライターとしか考えられない(表紙の印字ヘッドはIBMですし)タイプライターが小道具として出てきます。
しかし今、キータッチ・印字の体感がいくら良いとはいえ、IBMの電動タイプライターも(そしてタイプライター一般に)テクニカラー同様、絶滅に瀕しているのではないでしょうか。「IBMの電動タイプでないと仕事をしないのでね」なんて小癪なセリフが味わえなくなってしまうのも寂しい気がします。
私はタイプライターにはもう20年以上触っていません(最後に触ったのはブラザーのデイジー・ホイール機だったかな?)。写真の35ミリフィルムも、最後に使ったのは7年前になります。今はタイプライターを見たこともなければ、フィルムも見たことがない子供がほとんどではないでしょうか。
フィルムの映画は将来的にどうなるでしょう?フィルムの発色にこだわり続ける映画監督もいますが、日々進化しつづけている映画のデジタル技術に苦戦を強いられるだろうことは想像に難くありません。
「テクニカラー」は「映画」を象徴できる言葉で、「テクニカラー・タイムマシン」という題名を見ると、映画とタイムマシンのどんな話だろうと思えました。「テクニカラー」に匹敵するような象徴性を持つ、これからの映画の技術は何になるのでしょうね。
この記事に関係する本
・ハリイ・ハリスン「テクニカラー・タイムマシン」浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF 193
・円城塔「これはペンです」新潮社
コメント
コダック!!
懐かしいですねー。
私が20年ぐらい前にダイビングに夢中になり、水中写真を撮っていたころは、
コダックのリバーサルフィルムを、こだわって使っていたものです。
IBMのボール型タイプライターのように、美しい工業製品というのが時折現れますね。
そんな逸品には、持っているだけで幸せな気持ちにさせる力があるんですよね~。
コメントをありがとうございます(^^)。
フィルムの画像をスキャナでスキャンしてPCに取り込む場合に、リバーサル(ポジ)フィルムの方がネガフィルムよりも美しく取り込めるようなので、私もフィルムはリバーサルフィルム(富士フィルムの「プロビア」)を使っていました。
現像されたフィルムをライトボックスにかざして、きらめくような画像を確認していくのもわくわくする作業でした。
とはいっても、やはり便利でフィルム代を気にしなくてよいことから、デジタルカメラに流れてしまいました…
タイプライターも同じで、IBMのキータッチは本当に良くて、タイプライターのひとつの完成形だったと思いますが、便利さからするとPCからタイプライターへは戻れないですよね。
そういえば、タイプライターは機械として完動しても、インクリボンが手に入らなくなると使いようがない、というのもフィルムカメラとフィルムの関係と似ています。
「時代遅れ」のフィルムカメラやタイプライターの「逸品」を手にしたい気持ちもありますが、やはりまだ使える逸品にはそれなりのお値段がついているし、置いておくスペースもないので、自制しています(^^)